歴史が動くとき、映画は生まれる
韓国映画は1960年代、キム・ギヨン、ハン・ヒョンモ、シン・サンオク、ユ・ヒョンモクらに代表される監督たちが、朝鮮戦争後の社会問題、戦後復興期の中流家庭の現状などをリアルに体現していき、第一期黄金期を迎えた。1969年からはTVの普及や検閲の強化によって、韓国映画産業は急激に下降の一途をたどり、70年代に入ると、新派調メロドラマ作品が流行するようになった。
その後、1979年パク・チョンヒ政権が崩壊するが依然として続く軍政に抗する時代のエネルギーは検閲との衝突を繰り返しつつ、従来のメロドラマ、青春映画とは異なる韓国ニュー・ウェーブの映画たちが産声をあげる。その先陣を切ったのがイ・ジャンホ監督の『風吹く良き日』(1980)だ。その新しい波は『暗闇の子供たち』(1981)、『馬鹿宣言』(1983)へと続き、その潮流をぺ・チャンホ監督の『鯨とり コレサ二ャン』(1984)が決定的にする。『風吹く良き日』『鯨とり コレサ二ャン』、この2作が生まれなかったならば、今の韓国映画の隆盛も韓流ブームもなかったといっても過言ではないだろう。
その時代背景には、1979年のパク・チョンヒ大統領暗殺から1987年のノ・テウ大統領による民主化宣言、1988年のソウルオリンピックに至るまでの韓国の激動の10年間がある。なかば閉ざされていた韓国の映画人が、世界で巻き起こっている映画の流れに呼応するかのように、時の軍事政権の最中、表現の自由を求めてせめぎあい、映画的な戦いを果敢に挑んだ。堰を切ったように新しい世代の監督が登場、彼らの作品は海外でも高い評価を受けた。映画を権力や党派や様々な因習から解き放ち、かつてタブーとされていたテーマを韓国庶民の目線で自由に表現し、映画そのものを開放してゆく彼らの願いは映画の可能性を大きく開いた。
また、韓国映画が日本であまり上映されることのなかったこの時代に、大島渚、佐藤忠男、松田政男ら多くの日本映画人が絶賛した。
時代を超えて人々の生き生きとした姿を今の我々に伝える映画たち、自由を求める韓国映画の胎動と息吹を直に感じることができる映画たち、それが"韓国ニュー・ウェーブの誕生を告げた作品たち"なのである。